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日本人が知らないフクシマ

外から見ると問題山積みに見える日本ですが、先日東京に一時帰国したときの雰囲気は豊かで平和そのものでした。福島原発事故に関しては、日本の当局から発信される情報は巧みに操作されていて、海外から発信される情報とは大きな開きがあるのは事故発生以来今に至るまで変わりません。今回は震災から初めての帰国でしたが、現地に行ってみて政府の情報統制は非常によく機能していると肌で実感しました。マスコミも忠実に政府の意向を守っています。事故発生当時は間近にいなかったので様子はわかりませんが、今では少なくとも表向きには平和を保っており、人々はあまりそのことを話題にしないし、ニュースにもあまりでてこないようです。みんなまるでそのことを忘れてしまったかのような印象を受けました。

オーストラリアでは、原発事故の話は震災後かなり時間が経ってからも繰り返しマスコミで話題になっていました。今でもテレビ局のレポーターが日本に常駐していて、つい最近まではテレビのニュースで少なくとも週に一回ぐらいは取り上げていました。多くのドキュメンタリー番組も作られています。海外のマスコミは現場の日本と違って遠慮がないので、いろいろなことを包み隠さず発信します。だから日本の放射能汚染の実態を知っている人は少なくありません。オーストラリアにとって日本は人気の休暇先の一つ。私の職場だけを見ても、計画していた日本旅行を無期延期している人が何人もいます。私の周りの人達(非日本人)は、日本の土壌、空気、海洋、食物が汚染されていること、日本政府と東京電力がずさんな管理をしていること、パニックを恐れる政府が情報を国民に伝えていないこと、多くの日本人が西日本やオーストラリアを含む海外へ避難していることなどをよく知っています。

オーストラリアではまだ日本の食材は手に入りますが、ヨーロッパには輸入制限をしていて手に入りにくい国もあります。海洋の放射能汚染はすでに太平洋を渡ってアメリカへ到達しています。海外のニュースに通じているかどうかは個人の意識の差が大きいとはいえ、世界中から日本は放射性物質に汚染された国と思われていたとしても仕方がありません。現場に近い所にいる人と遠いところにいる人で感じ方が違うのは当たり前ですが、海外にいて感じる日本に対する危機感と日本に住む日本人の感じ方は大きく違っていて、現場に近い所にいる人達の方がむしろ危機感が薄い印象を受けました。

驚いたのは、海外では有名な福島原発4号機の話を知らない人が多かったこと。このビデオはオーストラリアの国営放送ABCが6月に放送したテレビ番組です。(日本語訳つき)
4号機燃料プールの危険性について

1500本の使用済み核燃料棒が建屋の破壊でむき出しになっており、次に大きな地震が福島を襲ったらチェルノブイリの10倍、広島原爆の5000倍のセシウムが流出し、究極の破局に至るということです。東京電力は例によって心配ないと言っていますが、このような国の将来に決定的な影響を及ぼすことが日本で話題にならないことに戦慄を覚えます。

もっと詳しく知りたい方はこちらもどうぞ。
新たな一大汚染の危機と国・東電の無策ぶり

この番組はフランスやドイツでも放送されています。南海トラフでは32万人の死者を出すと言われている東海地震、東南海地震、南海地震が明日来てもおかしくない状況なので、これは決して笑い話ではないのです。こうなるともう日本だけの問題でなく、諸外国に多大な影響を及ぼすので、国際社会が気をもむのはあたりまえです。ロンドンオリンピックでは首相が選手団に福島の瓦礫で作ったペンダントを贈って激励し、選手たちはそれをつけて開会式に参加しました。入場行進中に日本選手団全員が途中退場させられ、この本当の原因についてはマスコミも沈黙を守りナゾのままですが、一部のウワサにあるように瓦礫のせいだったというのはまんざら冗談ではないのではないかと思ってしまうほどです。身につけて応援しよう、食べて応援しようなどという考えは、日本の外ではまったく通用しないのですが、首相でさえ国際社会の認識に無頓着な国だということを露呈してしまいました。

今多くの日本人、特に小さな子供を抱える母親などがどんどん海外に避難・移住していますが、日本ではそういう話を表だってできないので、語り合うのはネット上だけで、他に知られないようにこっそりと移住していることを耳にしていました。実際に日本に行ってみて、やはり「逃げるなんて卑怯」、「放射能汚染について語るのは不謹慎」というような雰囲気をなんとなく感じました。日本は真実を追求することや、論理的に考えて議論するより、世間の空気や情緒の方が大切にされる国です。しかし国民が自由にいろいろな意見を出し合って議論するのは民主主義の基本で、これがないと復興が遅れるばかりか国が間違った方向へ行きかねないのではないかと危惧しています。また国民も、国内で流通する情報、特にテレビや新聞などの伝統的マスメディアだけに頼らずに、幅広い範囲で積極的に情報収集することが必要だと思います。

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ジャンル : 海外情報

久しぶりの日本の感想

しばらくぶりに日本に帰っていました。もうすぐ10月というのに、東京は30度を超える気温とむせるような湿気。例年だと8月の気温だそうです。今年の夏は30度を少し超えるくらいなのに、日本に住む人は暑い暑いと騒いでいたっけ。私の住む所は夏は35度ぐらいは普通で時に38度になることもあり、オーストラリアの他の都市では40度を超えることもあります。夏に30度を超えるぐらい日本でも普通なのに、なぜそんなに騒ぐんだろう?と不思議に思っていたんですが、なるほどこの湿気では騒いでもしょうがないとようやく理解。日本で暑いというのは湿度が高いと言う意味なんですね。外国に行くときは気温だけでなく、湿度も要チェックです。

その上スコールが日に何回もあり、ここは東南アジアか?と思ったほどでした。この湿気で髪はぜんぜんまとまらず、滞在中の髪型はいつもと違うものになっていました。そういえば昔の日本人は髪を結っていたけど、こんなに髪がまとまらないならまっすぐ延ばさずに結ってしまうのはきれいに見える秘訣ですね。おすべらかしを油で固めるのも髪がぴんぴん跳ねるのを防げるし。湿気は日本の伝統的髪型ができた理由なんでしょうか?

冗談はさておき、今回は東日本大震災の後初めての帰国で、日本がどんな状況か不安があったのですが、いつもながらあくまでも平和な日本でした。海外で感じる日本に対する危機感と日本に住む日本人の感じ方は大きくずれていると感じました。今年の夏は発電を原発に頼れないことから電気不足を乗り越えられるかが大きな課題のはずでしたが、蛍光灯をところどころはずしてある風景は見られたものの、真昼間なのに駅のプラットフォームや車内には煌々と電気が輝き、震災直後の節電で暗くなった街の面影はなく、すっかり拍子抜けしてしまいました。いつもながら何かあると大騒ぎしてオーバーリアクションになるけど、のど元過ぎればすぐに忘れる日本です。

滞在中に私がいつも利用していた電車の線路で移動中二度も人身事故に遭遇したのにはびっくり。一回はさんざん待ったあげく電車は動かず、結局別ルートで回り道をする羽目に。10日の間に一路線だけで二回も当たったんですから、これは驚くべきことです。一日に100人が自殺する国ということを考えれば別に不思議なことではないんでしょうけど、このことに皆が慣れてしまっているとしたら怖いです。そういえば以前に増して駅のプラットフォームに転落予防の柵が増えていました。これは自殺予防だけではなく、ホームに人が多すぎることも理由の一つなんでしょうけど。

いつもながら日本はモノにあふれていました。アイデアをつくした雑貨や生活小物、美味しそうなお菓子を次から次へと商品化する能力は本当にすごいです。オーストラリアではモノがない生活に慣れていたのですが、やっぱり店頭でみてしまうとつい買いたくなって困りました。東京の生活はお金がかかるようにできていますね。これらの小物やお菓子は外国人観光客が感嘆するもののひとつですが、これは日本の得意技としてぜひとも強化していくべきだと思います。

顧客サービスも日本ですばらしいことの一つです。オーストラリアに住む私は、まずデパートやショッピングセンターに店員がいることに感動。オーストラリアではコスト削減のためかほとんど店員を置いていないので、探すのが大変なのです。日本では全般的に店員の数がとても多い上、何を聞いても親切に答えてくれるし、一人の客が入店してから帰るまでつきっきりで付き合ってくれます。すごく大切にされている感があって、なんだか女王様になった気分。顧客としてはうれしいんだけど、こんなに一人の客にずっと貼りついていて、ビジネスの費用対効果はどうなんだろう?とつい心配になってしまいました。

そういえば余談ですが、成田空港到着の度に思うこと。手荷物受取りのターンテーブルで、なぜか女性係員が「他人の荷物と間違えないように」という注意書きをもってウロウロしているのです。ときどき言葉で注意もしています。こんな仕事に人を常時張り付けなくても注意書きを壁に貼っておくだけでいいのに。彼女たち、仕事楽しいんだろうか?私の知る限り、こんなことをやっている空港は日本以外で見たことはないんですが、こんな仕事に日本の高い人件費を使うなら、その分航空運賃を安くしてくれればいいのに・・・とずいぶん前から思い続けていますが、相変わらずいつもいるこの係員。彼女たちが突然空港から消えたら事件ですね。

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ジャンル : 海外情報

パラリンピックとダイバーシティ

ただいまパラリンピックの真っ最中。オーストラリアでは、オリンピックの時と同じように毎日早朝はテレビで生中継、夜のプライムタイムはその日のハイライトをやっています。そして過去の放送はすべてネットで見ることができます。メディアでもメジャーなトピックの一つなっているし、活躍した選手たちは最大限に称賛されています。

パラリンピック開会式を生中継で見るのは生まれて初めてでした。日本の選手もたくさんいて、皆うれしそうにはしゃぎながら行進していました。試合に日本の選手が出てくると、もちろん張り切って応援しています。盛りあがりと感動はオリンピックに負けません。障害あるなしは関係なく、日頃なかなか見る機会のない種類のスポーツ観戦として純粋にとてもおもしろくて、思わず引き込まれてしまいます。オーストラリアは人口2000万人の小さな国ながら、今のところメダル数は世界5位で頑張っています。中国は金メダルの数でもトータルメダル数でも2位のイギリスを大きく引き離し、今のところ圧倒的な首位。オリンピックでもすごかったけど、パラリンピックはそれ以上です。

日本に住んでいるときは、パラリンピックのことはほとんど知りませんでした。日本ではオリンピックが終わるとそれでおしまいで、後はあまり話題にはなりません。生中継もないしメディアの扱いは小さく、ゲームを見た記憶はあまりありません。日本にいると海外の情報がほとんど入ってこないので、海外事情に疎かった私はこれまでの積み重ねがない分、オーストラリアに来たとたん洪水のように入って来る海外情報のキャッチアップに大変です。パラリンピックも日本に情報が入って来ないだけで、日本に住んでいたから知らなかっただけなんだと、いつものように愕然としたのでした。

パラリンピックの報道を見ていて思うのは、障害者を見る目が自然で明るいこと。日本では「特別な人達」「気の毒な人達」「障害があるのに頑張っていてすごい」というふうになりがちですが、そういう感覚はまったくありません。たまたま他の人と比べると身体の機能が違っているだけで、みんな同じ人間なのです。もちろん選手たちはものすごい努力をしているのでしょうが、オリンピックの選手だってそれは同じ。みんな自分の能力の範囲内で頑張っているだけなのです。両足義足のランナー、伴走者と一緒に走る視覚障害のランナー、義足での幅跳び、車いすの卓球、水泳、セーリング、ボート、乗馬・・・。人には不可能なことなどないんだと思い知らされます。

オリンピックもパラリンピックも同等に扱うオーストラリアを見ていると、日本での扱いの差のつけ方は極端すぎるのではないかと思います。健常者の応援だけを大々的にするのは明らかな差別です。最近はわざわざ「障がい者」と書いたり、極端に障害関連の言葉を避けたりする傾向がありますが、どれも障害者を特別扱いしていることの裏返しのように思えます。

オーストラリアでは車いすの人が普通に街にいたり電車やバスに乗っています。職場でもお腹の大きい女性、子育て中の女性や年配の女性が普通に仕事をしています。ベビーカーを押した人は、バスや電車で最優先で周囲の人から場所を譲られています。そして人口の多くを占める多種多様な民族。ダイバーシティが当たり前のこの国では、パラリンピックをオリンピックと同様に扱うことなど当たり前すぎることなのでしょう。こんな社会に暮らしている障害者は、きっと日本の障害者と全然違う人生を経験をしているのではないかと想像します。

男女、年齢、人種、身体機能などで人をグループ化して同じ特性をもった人どうしで固まったり、自分とは違うグループに属する人を避けたり、マイノリティを見ないふりをするのは簡単です。でも世界は色々な人がいて成り立っています。一部の人たちから目をそらすことは、世界を見誤ることに繋がります。違うバックグラウンドを持つ人たちと同じ空間を共有し、共に生活しようと思えば摩擦や軋轢が避けられないだけでなく、社会的コストも余計にかかります。でもそれを乗り越えてこそ次のステップがあるのではないでしょうか。日本はそろそろ今まで求めていたのとは違う種類の豊かさを推し進める時期なのではないか、とパラリンピックを見ていてふと思いました。

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プロフィール

divayoshiko

Author:divayoshiko
よりよい生活と仕事環境を求めて、日本の会社を辞めてオーストラリアに移住しました。IT技術者として生活を確立するまでの様子、日々の生活や仕事のこと、現地情報、オーストラリアや日本について感じることなどをつづっています。メルボルン在住。
Twitter @divayoshiko

これまでの歩み
2009年
4月  技術独立ビザで永住権取得
2010年
1月  東京からブリスベンに移住
2月  シドニーに移住
4月  ブリスベンに移住
5-6月 メルボルンに長期出張
2014年
2月  メルボルンに移住

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