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理学療法士によるリハビリ

前回の記事の続きです。ひじの捻挫のあと、二日ぐらいで痛みは引いて普通に生活できるようになったんですが、重い物を持ったりしたときの痛みが一向におさまりません。大好きなヨガのクラスもお預けです。そこで理学療法士を訪ねてみました。日本ではこういう場合整形外科や接骨院に行き、理学療法士といえば手術後のリハビリやスポーツ選手の怪我の治療というイメージがありますが、こちらでは専門家を訪ねるとしたら理学療法士になってしまいます。プライベート保険がきいたので安い費用ですみました。

先生に状況を説明すると、ベッドに寝かされて患部を押したり腕を曲げたり伸ばしたりして丹念に状況を調べてくれました。どうやら靭帯が損傷しているようです。そのあと患部の周りをマッサージ。これは普通のマッサージとは違って、治療すべき部位をちゃんと考えながら注意深くやっているようでした。そして最後に自宅でできるリハビリメニューを作ってくれました。ダンベル運動とマッサージを毎日。そして先生のところへも通って治療します。トレーニングの後は患部をアイスパックなどで冷やしてくださいね、といわれたので、アイスパックって薬局で売ってるんですか?ときいたら、冷蔵庫の野菜でいいんですよ~だって。なーるほど、かぼちゃやなすでいいんですねー。確かにダメな理由はなにもない。好きだなあ~こういうオージーって!(といっても彼は移民のようでした)。

この治療法、なんだか自分がスポーツ選手にでもなった気分です。なにしろ痛みを伴うリハビリを自分から進んでやるんですから。スポーツ選手はこうやって先生と相談しながらリハビリをして怪我の克服をしてるんだろうなあ。私みたいな軽い捻挫でこんな風に積極的に治療するとはビックリでした。日本だったら整形外科に行ってレントゲン取って湿布を渡されておわりでしょう。

理学療法士の先生は、荷物は避けていないで痛みがひどくない限りどんどん持ちなさいといいます。ヨガも少しずつ始めるといいそうです。また患部が安定するように自己判断でテニスなどをするときのサポータをはめていたんですが、ひじの動きを鈍くするのでしない方がいいと言われてしまいました。捻挫をしたらできるだけ動かさない!と信じていた私はまたまたビックリなのでした。甘やかされていた私のひじも突然働かされるようになって、さぞかしビックリしていることでしょう。でもトレーニングを始めてから回復の速度が速くなっているので文句はいえません。最初はとにかくガンガン冷やすのは大原則なんですが、腫れが引いたらすぐにトレーニングを開始できるそうです(もちろん専門家の指導のもとにです)。GPの先生に笑われてしまったのは、私が腫れが引いてもいつまでも湿布をしているからか、湿布なんて冷やすうちに入らないからなのかもしれません。

同じ怪我や病気でも、国によって対処方法が180度違うのは本当に驚きです。過去の記事「手術初体験 その1」にも書いた通り、日本では婦人科の病気は悪くなるまでほうっておくけど、オーストラリアでは悪いものが見つかった時点で取り除いてしまいます。また治療には麻酔を積極的に使います。出産も日本では自然に任せて麻酔を使わないけれど、西洋諸国では麻酔で妊婦の体への負担を減らし、さっさと退院させる。熱が出たときは、日本では暖かくするけど西洋ではガンガン冷やす。この違い、どちらがいいということはないのでしょうが、日本ではできるだけ自然に任せ、こちらでは積極的に直すという考え方があるようです。根本的な物事への対処法の大きな違いなのかもしれませんが、おもしろいですね。

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オーストラリアには湿布がない!?

急いで出かける支度をしていたある日の朝、二階から階段を駆け下りて最後に二段飛び!すると下にあるはずの床がなく、あるのは空気だった!ありゃりゃ、実は二段飛びではなく、三段飛びだったのでした。突き出した足は行き場をなくし、体ごと床へ。そのときとっさに出たのは右腕だったんですが着地姿勢が悪く、普通は腕が曲がってくれるはずなのにまっすぐのつっかえ棒状態で着地。アイテテテーの状態でしたが、そんなに大したことはないだろうと日本の家族に送ってもらった湿布を貼って様子をみました。二日ぐらいで炎症は引いたんですが、何日たってもドアを開けたり重い物を持ったりしにくい状態。腕のだるさもなかなか消えません。

軽い捻挫でしばらくすればおさまるだろうと軽く考えていた私もちょっと不安になりました。このまま腕が使えなくなったら(しかも利き腕!)キーボードも打てなくなるかも→仕事ができなくなる→新しい仕事もなくし→生活の糧を失い→日本へ帰国?(でも日本だともっと仕事ないかもですが)そんなおおげざなぁー!とはいえ、日本ではなんでもないことも、海外で生活しているとどんな小さいことも経験したことがないと不安なものなんです。だんだん心配になってきて、GP(一般開業医)を訪ねました。

「関節を痛めたんだと思うけど、骨にひびがはいっているかもしれないから、念のためレントゲンを撮りましょうか。」ということで紹介状を書いてもらいました。「とりあえずの処置はどうしたらいいでしょう?一応毎日かかさずこれを貼ってるんですけど。」と湿布を貼ってある腕を見せると、「そんなもの何にもなりゃしないわよ」とせせら笑う先生。えーっ、でも捻挫には普通湿布でしょう?そんなにバカにすることもないだろうに。

その日何気なく薬局でオーストラリアの湿布ってどんなんだろう?と探してみましたが、ない!どんなに探しても湿布がない!どうやらオーストラリアだけでなく、欧米諸国では湿布を貼る習慣がないようなのです。目立たない、におわない製品なんて夢のまた夢。確かに欧米人は肩こりがあまりないと言われていますが、捻挫には湿布は常識でしょうがっ!でもそもそも湿布には怪我の初期に炎症を抑えるための冷湿布、慢性の痛みには温湿布があり、怪我の初期は冷やすのが目的だから、別に湿布じゃなくてもいいんですよね。湿布より氷水やアイスパックの方が効果があるという説もあります。またまた日本の常識を覆された瞬間でした。もしかすると、先生は私の湿布をただの絆創膏だと思ったのかも。そうだとするとあのせせら笑いも説明がつきます。

ということで捻挫したからといって必ず湿布が必要というわけでもないんですが、これから海外に住む人で、捻挫にはやっぱり湿布だよねという人や、湿布が救世主になっている肩こりがひどい人は、荷物の中に湿布を入れておくといいかもしれません。

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日本軍によるダーウィン空襲記念日

今日は、第二次大戦中に日本軍がオーストラリア北部ダーウィンを爆撃した70年目の記念日です。1942年2月19日、242機の日本の爆撃機に空襲され、街は250人の死者を含む大きな被害を受けました。真珠湾攻撃と同じく事前に何の警告もなかったので、人々は逃げる準備をする間もなく被害の規模を大きくしたといわれています。実際この爆撃には、真珠湾よりも多くの弾薬が使われたそうです。

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今年は70周年の節目にあたり、連邦政府はこの日を国の戦争記念日の一つと指定し、国家総督の名のもと、ダーウィンに新しく戦争記念館(Defense of Darwin Experience Museum)がオープンしました。オーストラリア総督はイギリス王室の代理人で、首相の決定をも覆すことができる政治権力を持つ人ですから、国としては大きな意味を持つものです。式典の様子はテレビで中継され、総督、首相、アメリカ大使などの要職、退役軍人とその家族が出席しました。

恥ずかしながら私はオーストラリアに来るまで、日本軍のオーストラリア攻撃のことをほとんど知らなかったのですが、この日の空爆は初めてオーストラリア本土が外国から攻撃された日として、オーストラリアにとっては屈辱的な出来事だったようです。その後日本軍はダーウィンだけでなく、クイーンズランド州や西オーストラリア州など多くの地域で97回の空襲を実施しました。

連邦政府はこの日の犠牲者を悼み、復興に尽力した人々をたたえ、これからもこの日の出来事を決して忘れないという決意を表明しました。だからといって必ずしも未だに日本恨んでいるということではありません。戦時中の敵対国と今では友好関係にありながら、当時の犠牲者を悼み、平和を願い、二度とこのような不幸を繰り返さないという思いは、日本の原爆に対する思いと同じだと思います。

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海外に暮らしその社会の一員として生活していると、自分の国と居住国の過去の歴史について、知らなかったでは済まされません。オーストラリア人と直接第二次大戦の話をする機会はなかったとしても、それに近い話になったとき、歴史を知っているのと知らないのとでは話し方が変わってきます。単なる無知から不用意な発言をしてしまうことは、知らないうちに相手を傷つけ、遠ざけてしまうだけでなく、場合によっては大きな問題に発展する危険もあります。またオーストラリアだけでなく、日頃から世界中から来た人々と接していると、やはり世界の出来事や歴史に無関心ではいられません。

日本という外界から閉ざされた社会に住んでいると、日本人同士どうしても自分の国の中だけで物事を考えがちで、日本=世界であるかのように錯覚してしまいます。また海外といえばアメリカのことだと思わされてしまうような環境もあります。私も日本にいたころは日本のことも外国のことも知らなくても困ることはなく、世界で常識とされていることも知らないことが多すぎました。政治も経済もビジネスもグローバル単位で行うことが当たり前になった今、たとえ日本に住んでいても世界情勢や過去の歴史に無関心ではいられません。日本の学校で現代史を教えないこと、世界の人々と接する機会が少ないこと、国外の情報がなかなか入ってこない環境は、日本の将来にとって障害になるでしょう。日本ではグローバル人材の必要性が叫ばれていますが、まずは外国語ができることが必須というふうにとらえられがちです。本当の国際人とは英語がペラペラな人のことではなく、自分の国と相手の国を理解し、相手を尊重しながら相互の利益のために働ける人のことだと思います。
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新しい職場で仕事始め

州立大学での仕事がスタートしました。職場を見まわして目立つのは、実にいろんな人種が多いこと。もちろん民間でも、特にIT関連では積極的に移民を採用していますが、政府系に比べればまだまだだと思います。コンサルタント時代に政府機関をいくつか担当しましたが、多人種なのが目立ちました。大学ではさらに女性が多いのも目につきます。公的機関では民間よりも仕事の機会平等を強く打ち出しています。そして公務員はオーストラリアの人口構成を反映するべきという考え方があるようです。確かに特定の人種や性に偏った人材を採用していたのでは、すべての国民に喜んでもらえる公共サービスはできません。私の職場では、特に差別を受けやすい4つのグループに属する人、つまり女性、文化的言語的に多様なバックグラウンドを持つ人、オーストラリア原住民、障害者を積極的に採用することになっています。採用時の提出書類の中には、国籍や第一言語などのアンケートが入っていました。

そして仕事の状況はといえば・・・第一日目から飛ばしました!(というか飛ばされました)オーストラリアでこれまで三つの会社を経験しましたが、共通しているのはすぐに一人前に働いてほしいという期待が高いこと。日本の職場では新人は新人扱いしてもらい、出しゃばらないように控えめにしていたものですが、こちらでは出社一日目から周りの人達と同じレベルで仕事をし、意見もどんどん言うことを期待されます。「新入社員だからわかりません」なんていう態度を見せる隙はありません。わからなければ自分でわかる人を探してくるのも仕事のうち。前職のときも、出社一日目と二日目は自分の会社に行かず、朝からいきなりクライアント先に連れて行かれて、クライアントのことも自分の会社のこと何も知らないのに一人前に会議に出るように期待され、かなりビビりました。

そもそも職場の人達は新人扱いなんかしてくれません。「あれ?私って半年前からここにいるんだっけ 」てな感じです。募集の時から募集要項には必要なスキルや経験が細かく定義され、面接の時は必要な素質があるかどうか細かくチェックされるので、すぐ使える人しか採用しないから、当然と言えば当然なのかもしれません。この国では多くの組織で、正社員、契約社員、フルタイム、パートタイム、外部コンサルタントが入り混じり、対等な立場で一緒に仕事をしています。雇用形態によって社員や仕事内容を区別しないので、誰が正社員か契約社員かもよくわかりません。皆が関心があるのはその人の雇用形態ではなく、その人がどんなスキルを持っていてどんな仕事をするかということ。人の出入りが激しく、出たり入ったりするたびに生産性が落ちていたのでは組織として成り立たないので、常に100%の力を出すことが求められるのでしょう。日本に比べると結果を早く出すことが求められている気がします。

とはいえ、個人の生活をなによりも大切にするオーストラリア。昼間のうちはものすごい集中力でわき目も振らず、ランチもそこそこに仕事に集中し、夕方になったらさっさと消えていきます。今の職場では早い人は4時ごろから帰り始めます。オーストラリアでは仕事とプライベートをきっちり区別しますが、特に政府系ではそれが顕著のような気がします。私も新人のくせにきっちり帰ってま~す!いい意味でのプレッシャーはあるけど、ストレスはありません。

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政府系機関の採用プロセス

先日転職した先は州立大学です。ここは純粋な州政府機関ではないのですが、州政府が管轄している組織です。採用プロセスや労働条件などは政府機関にできるだけ合わせているので、民間とは少々勝手が違いました。

公共機関の採用プロセスで特徴的なのは、セレクション・クライテリア(Selection Criteria)があることでしょう。応募者の能力を査定するための質問が与えられるので、文章で答えなくてはなりません。私の場合は八つの質問があり、技術、ビジネススキル、学歴などそのポジションに必要な能力があることを文章で証明しました。レジュメ選考を通過するとこの課題が与えられるので、事実上の一次面接と同じです。面接するほうは確かに時間と手間が省けて便利なんでしょうが、英作文に自信のない私は何時間もかかってヒイヒイいいながらやっと仕上げました。ここで文法を間違えでもしたら致命傷です。

採用プロセスでは、セレクション・パネルという選考委員会が設置されます。面接にはパネル全員が出席しなければならないので、ある特定の日が面接日に設定され、その日はパネルメンバーは朝から晩まで次々と応募者を面接するというやりかたでした。だから応募者に面接日や時間を選ぶ自由はなく、指定された日時が都合が悪ければそれで終わりです。さーすが、お役所はやることは違うな~あ。私はその日はクライアントの都合でどうしても抜けられない日だったので、実は面接をあきらめていました。するとどういうわけか二日前に急に時間の都合がつくようになり、準備もそこそこに面接に出かけたわけです。これも何かの縁でしょうか?面接の前には筆記試験もあり、面接では試験の解答を説明させられました。これも民間企業ではあまりないですね。

採用プロセスは民間に比べるとのろいです。といっても日本のIT業界と同じぐらい。純粋な政府機関だと半年ぐらいかかるケースもあるらしいです。しかしながらシステム化されており、ジョブオファーの知らせはメールで。応募者用ウェブサイトにログインすると、PDFのオファーレターをダウンロードできるようになっていました。オファーレターには給料だけでなく、さまざまな報酬条件や労働条件が何ページにもわたって書いてあるので、読むだけでも大変。そしてそのサイトにはAccept ボタンとRejectボタンがついていて、マウスのクリック一つで返事ができるようになっています。

オーストラリアでは、ビザ(査証)、税務、健康保険など、さまざまな公共サービスが電子化されているし、民間サービスでも紙の書類に記入するということがあまりありませんが、どうしても電子化しにくいものは契約書です。契約当事者のサインが必要だからです。しかし近頃は労働契約までボタン一つになったとは!いやはや恐れ入りました。紙のレターや手続き書類は後日郵送されましたが、私がAcceptボタンを押してすぐに私の受け入れ手続きが始まったと思われます。従業員番号はすでに人事システムに登録済みでオファーレターに書いてあるので、後はプロセスをキックするだけ。ボタンを押してから三日後に出社したときはコンピューターにログインでき、ネットワーク、メールアドレスその他仕事に必要なIT環境が使えました(ソフトウェア技術者の場合これがないと仕事になりません)。実はそんなに急に出社して果たして仕事ができる環境があるのか?と半信半疑だったのですが、心配はありませんでした。

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ITプロフェッショナルの転職事情

最近まわりをキョロキョロしていたときにいい出会いがあり、転職しました。二年弱ぶりの新しい職場ですが、IT業界では一、二年で転職していくことはめずらしくありません。私のいたコンサルティング会社では、三年や五年同じ職場にいたら、わー長い!という感じでした。仕事内容が自分のキャリアパスに合わなくなってきたり、やりたいことができない場合はどんどん移っていきます。自分の守備範囲を広げたり、レジュメに書きたいことができる職場に積極的に移って行かないと、市場での競争力を保つことができません。

転職にあたっては、オーストラリアの業界経験が豊かな同僚たちがいろいろと相談に乗ってくれました。こちらでは転職を繰り返すのはまったく普通のことなので、職場で同僚と仕事情報を交換したり、転職の話をするのはめずらしくありません。転職を決意し上司に報告した時点で、すでに何人かの同僚は私が次にどこに行くかさえ知っていました。会社や同僚たちに退職の報告をすると、次はどこに行くかを必ず訊かれるので、「こういうキャリアパスなので○○に行って△△をする」と説明しました。みんな「おめでとう!」と気持ちよく送り出してくれました。オーストラリアの転職市場や業界事情にはまだまだ疎い私、時間を惜しまず相談にのってくれた同僚たちには本当に感謝です。

日本で外資系IT企業にいたときも、同僚と面接を受けた話なんかはたまにしていました。「面接を受ける=転職を考えている」というわけではないからです。でもまじめに転職を考えている場合は、やっぱり内密に就職活動をしていました。退職を決めてからも、上司に報告するまでは他人には絶対にバレないように念には念を入れていました。退職のときも送別会の場でも、次の行き先を聞かれることはなく、こちらから言うこともありませんでした。今から考えてみると、なぜそこまで隠していたのかよくわかりません。日本では会社への忠誠心を見せることが大切だからでしょうか。転職することは決まったことで、行き先はいずれわかることなのにね。

結局オファーを受けることを決めた日から実働三日後には次の会社に出社していたという、スピード転職になりました。これはITコンサルティング会社特有なのかもしれませんが、そのときにたまたま抱えている案件がなかったので退職はすんなり行きました。上司は離れたところにあるクライアント先で仕事をしていたので、退職前に会う機会はありませんでした。これもコンサルティング会社の宿命かもしれませんが、上司に会わずに退職したのは初めてです。また次の行き先の会社もさっさと受け入れ準備をしてくれました。人材を出す方も受ける方もサバサバしていてプロセスも早く、さすがに慣れているなーという印象です。

余談ですが、お別れする同僚たちと連絡先を交換するとき、Eメールアドレスの交換をすることはありませんでした。SNSかSMSで事足りるからです。今やEメールはビジネスでの利用を除き、過去の遺物になってしまいました。時代は変わるなあ~と感じた出来事でした。週末はSMSで連絡してきた元同僚とさっそくランチの予定です。

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プロフィール

divayoshiko

Author:divayoshiko
よりよい生活と仕事環境を求めて、日本の会社を辞めてオーストラリアに移住しました。IT技術者として生活を確立するまでの様子、日々の生活や仕事のこと、現地情報、オーストラリアや日本について感じることなどをつづっています。メルボルン在住。
Twitter @divayoshiko

これまでの歩み
2009年
4月  技術独立ビザで永住権取得
2010年
1月  東京からブリスベンに移住
2月  シドニーに移住
4月  ブリスベンに移住
5-6月 メルボルンに長期出張
2014年
2月  メルボルンに移住

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