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再び国内移住

オーストラリアに移住して4年。これまでブリスベン→シドニー→ブリスベン(途中メルボルンの長期出張滞在をはさむ)と居を移し、最終的にはブリスベンに落ち着いて南国ののんびり生活を満喫してきましたが、このたびまたま移住することになりました。今度はメルボルンです。

理由はたくさんあってここには全部書ききれませんが、第一の理由はブリスベンでは仕事の選択肢が限られていることです。私の職種は大都市に集中しているので、ブリスベンではあまり数がありません。これまではなんとか仕事を得てきましたが、長期でのキャリアアップと安定した収入を考えた時、仕事の機会が多い所に住んだ方がいいとの結論に至りました。

このように人生の中で気軽に住み家を変えるライフスタイルは、日本から見ると不思議に見えるかもしれませんが、「住みたい所に住む」にも書いたように、オーストラリアではぜんぜん珍しくなく、ライフステージに合わせて気軽に居住地を移すのは普通のことです。私の知り合いにも「仕事が決まったから家族を連れてパース(オーストラリア大陸の正反対の位置にある都市)に移る」とか、「ブリスベンの気候とビーチカルチャーが好きでシドニーから移ってきた」という人もいて、国内または国外も含めいろいろな場所に住んでいる人はたくさんいます。

ブリスベンに住む人達にメルボルンに引っ越すという話をすると、決まって「えーっ、あんな寒い所に?」といいます。クイーンズランド州に住む多くの人は晴天と温暖な気候が好きで住んでいるので無理もありません。ピーカン晴れが続く気候、肌を刺すような日光と抜けるような青空はクイーンズランドの大きな魅力。車を一時間ほど飛ばせば、どこまでも続く真っ白な砂浜と絵具を流したような青い海。でも私はむしろ暑いのが苦手で、特に高湿度は本当にダメなのです。だから東京の冬はまったく問題ないのですが、ジメジメした東京の夏は本当に苦手です。ブリスベンの湿度は東京よりは低いけれど、それでも夏には上がるので、私にはカラッとしたメルボルンは魅力的。冬は寒いといっても東京よりは暖かいので、東京に長く暮らして苦にならなかった私には問題はないと思います。クイーンズランドは老後には戻ってきたい場所ですね。

ただしメルボルンは「一日の中に四季がある」といわれるように、気温の上下がすさまじく、年間を通しての上下もかなりあります。朝には真冬のオーバーコートを着ていても、日中は夏のように気温が上がったりします。開催中のメルボルンカップでは先週連日40度を超えましたが、夏には短期間でもかなり気温が上がります。先週は熱波が来た次の日は最高気温が一気に20度下がりました。このような気温変化にどこまで耐えられるかが見ものです。

オーストラリア移住後は、24時間忙しく動き人口密度が高い大都市東京を離れ、のんびりした田舎の暮らしを存分に楽しみました。でも東京での暮らしが長かった私は、最近はもうすこし都会の文化的生活を楽しみたいと思うようになりました。特にメルボルンで楽しみにしているのは食事です。ブリスベンの食事は質がそれほどでもない割に値段が高く、外食は積極的にする気になれません。それで自炊をしているのですが、魚を食べる習慣があまりないようで、日本人のお眼鏡にかなう新鮮な魚を手に入れるのは至難の業です。その他、芸術の都市メルボルンは音楽や美術も盛んで、ファッションの発信地でもあります。カフェ文化や庭園で有名なこの街には素敵なカフェや庭園もたくさんあり、街中に市電が走る歴史の古い街。ブリスベンと比べるとまるで外国のようです。また大きな都市の割に人々が暖かく、のんびりしているところが気に入っています。

メルボルンは三年連続で世界で一番住みやすい都市に選ばれている都市。私が移住前から各都市を視察して、一番住みたかった街でもあります。日本人も多いので、どんな人に会えるのか楽しみ。今年から成田へ直行便も飛びます。アートギャラリー・レストラン・カフェ・庭園・フィッシュマーケット巡り、コンサートにショッピング・・・これまであまりできなかったことをするのが今から楽しみです。

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テーマ : 海外生活
ジャンル : 海外情報

どこの国の人?

先日日本に住む友人とおしゃべりしていたら、「何人(どこの国の人)に見られる?」ときかれました。日本人とか韓国人とか中国人などという答えを期待していたようですが、残念ながら答えは「どこの国の人にも見られない」です。なぜなら、まわり中移民だらけなので、誰も誰がどこから来たかなんて気にしていません。親しくなれば話のついでに自分から出身国をいうことになりますが、あえて相手からきかれることはあまりありません。明らかに移民同士とわかると、親しみもあって出身国をききあったりはしますけど。

第一答えをきいたところで意味がない場合が多いのです。なぜなら生まれた国と育った国が違う場合、いままでに住んだ国が複数ある場合、両親は外国生まれでも自分はオーストラリア生れなど、パターンがたくさんありすぎて答えようがない場合が多く、国の名前をいっても必ずしもその人を理解する助けにはならないことも多いのです。「どこの国の人?」と一口にいっても、いろいろな意味をもちます。

人種
両親の出身国とか、自身の生まれた国などで判断されます。でも両親や先祖が異人種間結婚なんてまったくめずらしくありませんが、その場合はどうなるのか?以前アメリカ籍を取った元日本人がノーベル化学賞を受賞したとき、アメリカでは当然アメリカ人が取ったと報道していましたが、日本では日本人が取ったと報道していました。アイススケートでは、アメリカ籍でアメリカ選手として出場しているのに、両親が日本人で日本人の顔をしていると、日本では日本人の扱いで報道したりします。日本人は血統を重んじる国なので、外国籍でも外国に永住していても、外見が日本人に見えるかどうかは重要なようです。

国籍
オーストラリアに生まれてオーストラリア国籍を持つ人もいれば、私のように海外籍を持つ移民もいるし、移民後オーストラリア国籍を取った人もいます。国籍を複数持つ人はまったくめずらしくありません。私は世の中の流れに逆らっていまだに二重国籍を認めていない日本の国の国民なので、オーストラリア国籍を取ると日本国籍を捨てなければならず、今のところオーストラリア国籍を取るつもりはありませんが、もしこの国に永住する決意をし、日本が二重国籍を認めるなら、オーストラリア国籍を取って国民としての義務と責任を果たしたいと思います。この場合、私は何人になるんでしょうか。また、日本国籍を捨ててオーストラリア国籍を取った場合は何人と呼ばれるんでしょうね?

居住国
ヨーロッパやアジアに生まれ、小さいころに移住してそこにずっと住んでいたけど最近オーストラリアに来たなんてという人はよく見かけます。こういう人は何人というんでしょう?そういえば日本にとって国内に居住していることは重要なようで、日本人でも外国に住んでいると、政府や民間サービスでの扱いがよそよそしくなったりします。

言語
日本で生まれ両親は日本人でも、小さいころに移住し、日本語よりも英語の方が得意で、日本語はなんとかしゃべれるけど読み書きは苦手なんていう人もいます。こういう人は何人なんでしょう?

こういう人たちだらけなので、何人かを気にすること自体あまり意味はないのです。日本はもともと村社会なので、誰かに会うとまず「どこの出身ですか?」「どこの会社ですか?」などとまず所属をたずねてから会話が始まることが多いですが、いろんな人種が共に生きている社会でみんなが気にするのは出身地ではなく、その人がどんな発言や行動をし、どんな能力があり、どんなパーソナリティを持つ人かということ。相手がまったく知らない人でも、バックグラウンド情報がまったくない状態でも、会話はどんどん進行します。逆に会話をしながら発言内容によって自分のことを知ってもらうといった感じ。この辺りは日本とまったく逆なのでいまだにとまどうことがあります。

以前アメリカに住んでいた時も同じで、出身国などあまりきかれませんでした。出身国とか人種とか家族などといったプライベートなことは親しくないうちは積極的にきかず、相手が話し出すまで待つという暗黙の了解があるようです。といっても、私は会ったばかりの中国人や韓国人に(オーストラリアでではありません)、「年収はいくらですか?」などという思いっきりプライベートなことをきかれて度肝を抜いたことがあります。アジア人の方がプライベートなことを訊くのに抵抗はないのかもしれません。

国の境があいまいになり、組織というものの価値が変化している今、結局最後に意味を持つのはその人が所属するグループではなく、その人個人がどんな風に生きているかということ、これがすべてになるんじゃないかと思います。

テーマ : オーストラリア
ジャンル : 海外情報

今度こそ終わり!?ジプシー生活

これまで住んでいたブリスベンシティから郊外へ引越ました。オーストラリアに来てから4回目の引越です。これまでは仮住まいで、家具つきのアパートをシェアしていましたが、ジプシー生活に終わりをつげ、ようやく自分の城を持つことができました。

ちょうど一年前の同じ時期にシドニーでアパート探しをしていたけど、やっぱりシドニーに比べると賃貸料や住宅の質はブリスベンの方が恵まれていると思います。それでも今オーストラリアは住宅不足だし賃貸料も上がっているので、見つけるのはそんなに簡単ではありませんでした。一つの物件に対して希望者が多いので、たいてい日時指定されたインスペクション(見学会)が設定されているのですが、いい物件には50人以上殺到することもめずらしくありませんでした。厳しい競争に勝つために自己アピール文を添えて申し込み、なんとかゲットすることができました。

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部屋からのながめ

近所は木々が茂ってとても静かです。毎日鳥のさえずりと共に目をさまし、夜は虫の声のBGMで食事。それでもシティへの通勤は電車を使って所要時間30分程度。そして朝の通勤電車はたいてい座れる!東京で1時間半電車に揺られて、座れたらラッキー!な通勤していた私には極楽です。シドニーの電車通勤も忙しいものだったけど、ブリスベンはいたってのんびりです。夕方は5時になると一斉に帰るので、電車は混みあいます。仕事が終わらなければ残業しないで朝早く来てやるので、朝の方が時間差通勤になるのかもしれません。

家具は一つも持っていないので、全部一から買いました。でも冷蔵庫や洗濯機などの電気製品やなべセットは部屋についていたので助かりました。日本から送った引越荷物の約半分はお蔵入りのままでしたが、ようやく日の目を見ることができました。日本から大事に持ってきたお気に入りのティーポットを段ボール箱から出してきてお茶を淹れました。これまではティーバッグばかり。ポットでていねいに淹れるお茶のおいしいこと!こういうちょっとした心の余裕が生活を豊かにすると思います。


テーマ : オーストラリア
ジャンル : 海外情報

移住元年の終わりに

今年ももうそろそろ終わり。今年は私の人生にとって大きな変化の年でした。年の初めにオーストラリアに来てから本当にめまぐるしくいろんなことがありました。喜んだり悲しんだりびっくりしたり怒ったり・・・。やっぱり会社や配偶者の後ろ盾もなく一人で言葉も文化も違う外国に乗り込んで、仕事について生活を確立するというのは、そんなに簡単なことではなかったです。何を隠そう一人で泣いたこともありました。でも日本を飛び出すまでさんざん考えたり迷ったり悩んだり準備したりする期間が長かったので、ようやく夢が実現する喜びのほうが大きく、つらいと思ったことはなかったです。気さくでおおらかな人々、豊かな自然、ゆったりと流れる時間と心の余裕、モノの豊かさより精神的な豊かさ、集団より個を重んじる気風、そして人生は楽しむためにあるんだという考え。こういう環境にいられることは本当に恵まれています。移住してきて本当によかったと心から思っています。

まずは食いぶちがないと生きていけないので、仕事を見つけて稼げるようになるのが一番の課題でした。幸いなことに、これまでのキャリアを生かした仕事を見つけることができ、仕事にも慣れてきました。でも生活面は住む場所がクルクル変わったこともあって、まだまだないないづくしですべてこれからです。今はまだこの土地のお客さんみたいですが、これからはもっと現地に溶け込んで本当の住人になっていきたいと思います。

振り返って思うのは、あきらめなければ道は開けること、強い意思をもって少しずつでもいいから進めばいつかは夢がかなうこと、そして時には運も必要だということ。私が移住を実現できたのは幸運もかなり作用しています。それとこれまでお世話になった多くの方々には本当に感謝しています。家族、友人や仕事仲間だけでなく、このブログで励ましてくださった見知らぬ人たちから、電車でたまたま隣に座った人に至るまで。こうした人たちがいなかったらとてもここまでは来られませんでした。精神的に大変なときにはちょっとした励ましの言葉でも大きな意味をもつんだなあと知りました。

今までは一つの大きな山を登りきること(移住して仕事と最低限の生活を確立すること)をひたすら目指して来ました。でもその山の頂上に立つと、なんと今まで見えなかった山々が向こうにいっぱい見えるじゃありませんか!それは今までまったく知らなかった山。そして今まで山の頂上はゴールだと思っていたのに、実は出発地点にすぎないことを知るのです。この先の山はどんな山かもぜんぜん知らないし、中には険しい道もあるだろうけど、きっと楽しい行程になるでしょう。なぜならその道は太陽と花と緑がいっぱいなのを知っているから


テーマ : オーストラリア
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赴任先での誕生日

今日は移住して初めて迎えた誕生日です。今日も朝4時に起床、ブリスベンの自宅から5時間かけてメルボルンのクライアント先に着きました。本当は今日は休暇にしちゃおうかと思っていたのですが(こういうことが普通に許されそうな国なので)、今は仕事の進行度合いが見えにくくリスクがあったのでやめました。

この週末はブリスベンで盛大にお祝いしてもらったのですが、知らない土地で一人誕生日を過ごすのはやっぱり寂しいものがあるよね?と思っていたところ、友達や家族などからたくさんの暖かいメッセージをいただいて感激しました。会社のメルボルンオフィスの同僚たちもランチにさそってくれ、ブリスベンオフィスからも上司や幹部、同僚から山のようなメッセージが・・・。入社早々メルボルンに出稼ぎに行かされている私を気遣ってのことかもしれませんが(笑)。お礼のメッセージと仕事の報告を返信するのに大わらわでした。

このような暖かい気持ちは、特に単身赴任中(?)の今余計心に浸みるのです。実質的にも精神的にも本当にいろいろな人たちに支えられて今の自分があるんだなあと実感しました。

移住してからちょうど5カ月が経ちました。この間に引越4回(過去半年だと5回)、就職2回、まるでジェットコースターのような人生の変化を短期間に経験しました。住む場所も5カ月の間にブリスベン、シドニー、メルボルンの三大都市にそれぞれ少なくとも1カ月以上は滞在したことになります。なんでこうなっちゃうのかな、こんなせわしい生活を望んでいるわけではないんだけどなー、とワイングラスを傾けながら考えました。とはいえ海外移住という人生の大きな転換期には、あっちでぶつかり、こっちで転びながら落ち着く先が見えてくるのかもしれません。結果的には移住初期の段階でオーストラリアの複数の都市とバラエティ豊かな文化、仕事環境を経験することができました。これは見方を変えれば恵まれているといえるのかもしれません。

来年の誕生日はどこで何をしているのでしょうか?日本にいたときは変わり映えのしない生活で、少なくとも1年先、いえ3年先までもだいたいのことは見えてしまっている状況でしたが、今は半年先さえ読めません。少なくとも来年の誕生日には今のようなジプシー生活は卒業し、もうちょっと落ち着いて1年先ぐらいは読める状況であってほしいです(笑)。

・・・と願いつつ、一人ケーキでお祝いしました。
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ただいまブリスベン

考えるところあってブリスベンに帰ってきました。もともとはブリスベンに移住する計画でしたが、仕事の関係で急遽シドニーへの変更を決めたのが3カ月前。こちらでの生活に少しずつ慣れ始め、せっかくアパートも見つかったところでした。でもそもそもなぜわざわざオーストラリアに移住して来たのか?と原点に立ち戻って自分を見つめてみて、やっぱり自分らしくいられる場所を選びました。

シドニーではわからないことだらけで、暖かくいろいろ教えていただいた方々には申し訳なく思っています。でも何かに縛られるのではなく、やはり自分が心の底からエンジョイできる人生を送りたいと思います。シドニーの仕事は辞め、ブリスベンで仕事を探すことにしました。

シドニーに移住先変更を決めたのも速攻だったけど、ブリスベンに戻ることを決めたのも速攻。アパートの契約の関係で短期間での決断を迫られました。こんなバンクーバーオリンピックのボブスレーのような人生を味わえるのも日本にいたらありえなかったことで、自分でもこの決断に驚くとともに、このスピード感を結構楽しんでいたりします。もともと移住当初から何もかもスムーズに行くはずはないと高をくくっていたので、意外なほどこの展開をすんなり受け入れている自分がいます。これからもきっと七転び八起き しながら自分の道を探していくんだと思います。それにしても、ホントに人生って一寸先はわからないものですね?

ここではまたワイルドターキーが出迎えてくれました!

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私は日本人

今日はアパート探しの帰りに紀伊国屋書店に寄ってみました。日本語の本のコーナーがあって、日本の文庫本や雑誌がずらり!こんなに日本どっぷりの世界を見たのは久しぶりです。普通の本は二倍、雑誌は三倍の値段がついているし、特に本が読みたいわけではないので、しばしいろんな本を眺めながら、ただただ日本の世界に浸っていました。今日本では何がはやっているのかな?。そういえば日本のニュースもあまりよく知らないし・・・。書店を出て通りに出ると、そこは雑多な人種が行きかうシドニーの大通り。ハッここはオーストラリアだったのかと気付いたとたん、しばしワープしていた日本の世界から現実に戻ってしまいました。

ここに来てから日本人に会うのも、日本語を聞くのも、日本語で話をするのもめったにないので、自分が日本人であることさえ忘れがち。どこに行けば日本人に会えるのかも知らないし、探す余裕もないし。見る夢も英語になりました。

最近は仕事に慣れることとアパート探しで精いっぱいで、他のことをする余裕はありません。女の必須科目ショッピングも、どこに行ったらいいかまだよくわかりません。

プライベートの楽しみのトップ3に入る料理だって、食材がないのと、調味料が和洋食共に日本と違うので、日本にいたときのように自分のペースでできないのもストレスです。シドニーは外国の食材は豊富なはずなので、本当は和食材を売っているところを探して買いに行ったり、ここにある食材を上手に使って料理を工夫するのも楽しみなのですが、今のところなかなかそこまで気が回りません。とにかく早く住むところを見つけて、そこから自分の生活を作っていこうと思ってしまうのです。

外国に一人で移住して、現地の会社に就職して、知らない土地でアパートを探して・・・ということの大変さはあらかじめ予想していたことなので、それ自体は特にストレスにはなっていません。でも仕事を始めて二週間がたち、少し慣れてきたので、たまにはウィンドーショッピングに行ったり、友達と息抜きもしたいなと思いました。

帰宅するとバンクーバオリンピックの開会式の中継をやっていました。実はオーストラリアに来る前はカナダに移住する準備を進めていた私。「バンクーバオリンピックの時にはバンクーバにいる!」と自分なりにひそかな目標をたてていました。それが今はなぜか真夏のシドニーにいるわけですが、それでも永住権を取って仕事もしているので、昔の自分との約束はまあまあ果たせたかな?とちょっぴり感無量でした。

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さよならブリスベン

いよいよ明日でブリスベンとはお別れし、シドニーに向けて引越の旅をすることになりました。記念にすこしばかりここでの写真を載せておきましょう。

ワイルドターキーは庭に食べ物をおくとすぐに食べに来ます。食べ方がとってもきれいでまったくごみを残しません。一家に一台の優秀なごみ処理係。
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体長は50センチぐらいかな?子供はもっと丸っこくてかわいいんですが(写真が撮れなくて残念!)、こちらは人間の食べ物には見向きもせず、一日中土をほじくっています。虫でもとっているのかしら?なるほど足が異様に大きいですね。
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夜行性動物、ポッサムの撮影に成功!
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フラッシュを近くでバンバンたいても気にせずひたすら食べる食べる・・・。あなたほんとに夜行性なの?
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アップも撮ったゾ。どうだ、まいったか!
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ブリスベンの街の中心部。のんびりムードがただよっています。
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ショッピングモール。週末はもっとにぎわいます。
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1930年に建てられた市庁舎は老朽化のため、内部を改築中
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プロフィール

divayoshiko

Author:divayoshiko
よりよい生活と仕事環境を求めて、日本の会社を辞めてオーストラリアに移住しました。IT技術者として生活を確立するまでの様子、日々の生活や仕事のこと、現地情報、オーストラリアや日本について感じることなどをつづっています。メルボルン在住。
Twitter @divayoshiko

これまでの歩み
2009年
4月  技術独立ビザで永住権取得
2010年
1月  東京からブリスベンに移住
2月  シドニーに移住
4月  ブリスベンに移住
5-6月 メルボルンに長期出張
2014年
2月  メルボルンに移住

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