ITプロフェッショナルのキャリアアップ
2012/05/16(Wed)
日本にいたときは外資系企業で働いていたので、キャリアに対する考え方は日本の会社に勤めている人達とは多少違ったのかもしれないけど、やっぱり日本の社会では日本の顧客を相手にしているし、仕事環境は限りなく日本的。だからオーストラリアに来た時は、キャリアに対する考え方の違いにとまどいました。

オーストラリアに限らず日本以外では多かれ少なかれそうだと思いますが、会社に対する依存心が本当に少ないです。私は日本でも何度も転職・レイオフの経験があったのでサバサバしていたほうですが、こちらは日本の外資の比ではありません。キャリア形成の中心はあくまでも自分が何をしたいかであり、会社はそれを実現するステージでしかありません。特にIT系の仕事の場合、技術も環境の移り変わりが激しいので、自分の成長やマーケットの変化に合わせてステージを変えていかなければ必要な経験を積むことが難しくなります。

会社よりも仕事の中身が大事なのは、いろんな人のレジュメを見ていてもわかります。ITプロフェッショナルの場合、職務経歴欄に雇用主の会社名を書かない人もいます。コンサルタントとして、派遣社員として、個人契約で、あるいは個人事業主としてクライアント先で仕事をする場合は、雇用主の名前を書くよりもクライアントの名前を書く方がどんな仕事をしていたのかわかりやすい場合があるのです。雇用形態(正社員、契約社員、派遣、フルタイム・パートタイム)も本当にさまざま。同一職種同一賃金で、日本のように正社員だから職歴上優位などということはないので、あえて契約社員でずっと通している人もいます。あくまでもどんな仕事をしたか、どんな結果を出したかが重要なのです。

キャリアを考えるうえで職種選びはとても重要です。日本では職種の定義はあいまいですが、こちらは一般的に決まっているので、自分で選んだ職種の延長線上で、どんな強みをつけていくかを考えながらキャリアを形成していきます。仕事の募集要項には必要な専門能力や経歴、学歴などがこと細かに書いてあって、時には数ページに渡ることもあります。そして面接はその細かい条件を満たすことを証明していく作業。この細かい募集要項と面接審査のおかげで、入社してすぐに戦力として仕事を始めることができるのです。

仕事を選ぶ場合は、職種、業界、会社の規模、使う技術などの要素が経歴に影響を与えます。その上、給料、福利厚生、勤務時間、契約形態などの要素も私生活に影響を及ぼします。すべて希望通りにはいかないので、どこかで妥協が必要と思います。例えば自分の希望業界ではないけど○○の技術が習得できるとか、給料は低いけど今は子育て中なのでパートタイムを選ぶとか、学位を取りたいので定時で退社できる職場にするとか。私生活やキャリアステージが変われば、またそれに合わせて仕事を変えればいいのです。あくまでも自分の生活やキャリアプランに合わせて仕事を選んでいけるところが、日本とは大きく違うところです。ちなみに私が今の雇用先を選んだ大きな理由は、今の自分に足りない経験を積めるから。働き始める前からこの職場での経験をどんなふうにレジュメに書くかすでに決めています。そして常にマーケットウォッチをして情報収集していることも必要です。私は転職を考えていなくても常に求人情報を見て、ニーズが高いスキルや自分の市場価値をチェックしています。

日本人が海外就職を目指すときに壁になるのは、日本では職種や専門性を軸にして転職を繰り返しながらキャリアアップしていくという習慣が一般的でないこと、スキルや経験を客観的に評価するシステムがなく自らそれを効果的にアピールすることに慣れていないこと、学歴と職歴が必ずしも一致していないこと、などがあると思います。自分に今どんな経歴があり、目指すマーケットでは何が必要とされているのかを把握して、その上に今後どんなキャリアパスを描きたいのかを明確にすることが大切です。スキルを補強したかったら学校に行ってからまた職場に戻るのも、働きながら学校に行くのも一般的です。

人生の中心は会社ではなく自分だという考えは、この国ではどんな分野でもあてはまると思います。自分ですべてを決めるということは失敗した時もすべて自分の責任になるので、自分の所属する会社や国への依存心が高い日本から見ると厳しいことに映るかもしれません。でもその分自分の生き方を自分で決められるという限りない自由があります。自分のペースで生きられる環境にいられるというのは、私が日本を出て一番良かったと思っていることの一つです。自分を幸せにしてくれるのは会社でも国でもありません。今の仕事場や住んでいる場所が自分の今の身の丈に合わなくなれば、自分がハッピーでいれられるところにさっさと移るのは、日本以外ではよくある考え方だと思います。人生は仕事のためにあるのではなく、人生のために仕事があるのですから。


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英語との格闘
2012/05/06(Sun)
移住して二年以上経ち、一日中英語の環境の中にいるのに、私の英語はちっともうまくなりません。誰かが言ったことをきき返さないと聞き取れないし、私が言うことは聞き返されるし。日本語を話す機会はほとんどない毎日なのに、この進歩の遅さは本当に困ったものです。英語のシャワーを浴びて自然に言語が身につくのは小さい子供だけ。私のように大人になってから本格的に英語を勉強しだしたり、人生のほとんどを日本で過ごしている者にはなかなか思うようになりません。

私の場合、英語がまったくの外国語だということ以外に三つのハードルがあります。一つは今までアメリカ英語を使ってきて、イギリス英語にはほとんど触れていなかったこと。オーストラリア英語はイギリス系なので、発音はもとより、使う単語、単語のつづり、いいまわしまですべて違います。私が日本に住んでいるときは、BBC放送をちょっと聞いただけで気分が悪くなって、即チャンネルを変えてしまうほどイギリス英語に拒否反応がありました。アメリカ英語に慣れていると、あのカクカク英語がとても聞きづらいのです。オーストラリアのテレビはアメリカの番組もイギリスの番組もやっていますが、さすがに今ではイギリス英語のリスニングに拒否反応はなくなりました。でもやっぱりたまにアメリカ英語を聞くとほっとします。時にはアメリカのあのべらんめえレロレロ英語が耳障りに聞こえることさえあります。でもイギリス英語の単語や言い回しはいまだにわからないことだらけです。

それに輪をかけるのがオーストラリアなまり。最初にオーストラリア人の英語を聞いたときは気分が悪くなるほどでした。というより何言ってるんだかぜんぜんわからない!とにかく「エイ」が「アイ」に聞こえてしまうのは本当に悩みの種でした。それでも今では「エイ」が「エイ」と聞こえるようになったんですよ。耳の進歩はスゴイものです。でも「エイ」と「アイ」なんてまだ序の口。オーストラリア特有の単語やいいまわしが山ほどあるし、スラングにいたってはもうさっぱりです。

そしてまた大きなハードルが、多民族の移民がそれぞれ自国なまりの英語をしゃべっていること。あらゆる国からの移民と話さなくてはならない環境は大変です。インド人や中国人など移民が多い国のなまりはすぐに慣れるんですが、話したことのない国の人と話すのは慣れるまで大変。そういう私もまったくの日本人英語なので、聞いているほうはさぞかし大変でしょう。

この英語の発音をもうちょっとなんとかしないとなあ・・・と思い、スピーチセラピーを受けようかと考えました。以前アメリカに住んでいた時、発音矯正のクリニックがありました。オーストラリアでもないのかなと思って探したのですが、なかなか見つかりません。たまたまスピーチの専門家に会う機会があったので聞いてみると、「オーストラリアは多民族英語に関して寛容な国だから、矯正することまで考えなくてもいいのでは?インド人なんかあんなに強いアクセントなのに平気でしゃべっているでしょう?それよりもあなたの場合はゆっくりとわかりやすく話すことが大切よ。」ということでした。確かにアメリカではアメリカ英語を話さなくちゃ、アメリカ人っぽくならなくちゃ、という見えないプレッシャーがあって、一生懸命レロレロ英語を覚えました。アメリカ英語への発音矯正のビジネスもさかんで、ハリウッドに進出した海外の俳優はみんな矯正を受けています。ところがこの国ではオーストラリア英語を話さなくてはというプレッシャーはありません。みんなそれぞれの民族の英語をあたりまえのようにしゃべってるし、私もわざわざオーストラリア流に話し方を変えるつもりなどないのです。同じ移民の国とはいえ、オーストラリアはそれぞれの民族を尊重していると感じます。私のような移民にとっては恵まれた環境です。

とはいえ、わかりやすく話すのはやはり重要。そのためにもゆっくりはっきりしゃべらなくてはならないんですが、私はもともと早口なうえに、英語に自信がないとごまかそうとして余計早口になっちゃうんですね。日常の「読・書・聞・話」だけではたいして進歩はしないので、自分で発音練習をしたり、知らない単語を調べて単語帳を作ったり、文法を勉強するといった、日常使い以上の地道な努力が必要です。日本にいるときは、英語の国に来てまで英語の勉強をしなくてはならないとは思っていませんでしたが、日本人が英語ができるというレベルと、現地で使う英語のレベルは比べ物になりません。この分だと一生勉強が必要なようです。

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おせち黒豆の予行演習
2012/04/29(Sun)
めっきり涼しくなってきた今日この頃。ジャケットやセーターが恋しく感じます。夏の間は暑さのせいか料理への熱意がすっかり薄れていたんですが、さすがに食欲の秋はがぜん創作意欲が増してきました。雨がちなお天気もあってあまり出かける気分にならないので、キッチンで未開拓領域に取り組む日々です。

さて、今度のお正月にはおせち料理を作ってみたいとひそかに思っています(旅行に出かけてしまわなければですが)。まずは黒豆ですが、問題は日本の黒豆が手に入らないこと。そこで少し気が早いですが、中国産の黒豆で本番前の実験をしてみました。ここでは日本の食品よりアジア食品の方が手に入りやすく、たとえ和食を作るときでも中国食品や韓国食品をいかに使い倒すかがカギになります。アジア食材店に行ったときは、中国語や韓国語ができたらどんなにいいのに〜と思います。今回使ったのは「青仁鳥豆」という黒豆。はたして中国産でも日本人好みの美味しい煮豆ができるのか?

母直伝のレシピにより、煮汁に5時間つけてから調理開始。といっても灰汁を取ったり水を足す以外はほっとけばいいのですが。レシピでは8時間ぐらい煮ることになっていたんですが、煮れども煮れどもほどよいやわらかさにならない・・・。結局三日がかりで途中休憩しながら煮続けること14時間(電気代の請求がコワイ)。ここまでくるともうこれ以上やっても変わらないだろうということでやめました。残念ながらあのねっとりとした歯ごたえは実現なりませんでしたが、お味はなかなかいけます

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実験の結果、中国産の豆はどうやら日本の黒豆煮には適さないらしいことが判明。やっぱり日本に帰って丹波の黒豆を買ってこないとダメかな?それともオーストラリアのどこかに日本の黒豆はあるのでしょうか。

煮豆だけでもつまらないので、乾かしてから砂糖をまぶしておちゃらけ甘納豆を作ってみました。醤油が少し入っているので、ちょっとへんてこりんな甘納豆ですが、まあ気分を味わうということで。しかしこれがやみつきになって、ついついつまんでパクパク食べてしまうのです。明日は職場に持って行って、また別の種類の実験をしようと思います。さて、みんなの反応はいかに?

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身替りの速い組織の秘訣
2012/04/22(Sun)
私は職場で20人ほどのチームに所属していますが、ビジネス拡大のため、新たに9人を採用し組織を再編成することになりました。今回はリーダー職を含む、高度な専門技術をもつシニア職ばかりです。そして先日新しい組織が発表されました。新たな人件費予算が承認されてから、募集広告を出し、面接をし、オファーを出し、雇用契約を結び、新しい組織図を作り、そこに新人の名前を当てはめるまで1カ月半。今度入って来る人はまだ前職の仕事があるので全員そろっているわけではないのですが、新組織体制はだいたい固まってしまいました。

日本にいたときは、面接が始まってからオファーが出るまでだけでも一カ月ぐらいはゆうにかかっていました。それを9人やってこのスピードで新しい組織を作ってしまうとは!でもこの職場は政府系なので、採用プロセスは民間企業よりはずっとのんびりしているほうなのです。(私が過去に働いた二つの民間企業は、それぞれ一週間と二週間でした)グローバルを視野に入れたビジネスが当たり前になっている今、直接的にも間接的にも、こんなことが当たり前の世界中の会社を相手に競争している日本の会社はひとたまりもないなーと、改めて愕然としたのでした(こんなことでびっくりしているのはたぶん日本人の私だけなんでしょうけど)。変化の激しい今の時代、新しいチャンスがあればその分野への投資をすぐに決断することや、見込みがなければさっさと手を引いたり方向転換するのは企業にとって必須。8年も連続赤字を垂れ流して巨額の赤字を作った末、先日テレビ事業の縮小と一万人の人員削減をようやく決めたソニーはのんきなものです。

人材の採用が速いということは切るのも速いということ。そういえば先日、人を大切にするトヨタは首切りをしないと言っていたトヨタ・オーストラリアが、ついに350人を削減しました。勤務評価の悪い人たちに評価スコアカードをお土産に渡しながら。通常余剰人員の削減は秘密裏に行うことが多いのに、なりふりかまわず大っぴらに解雇するというやり方はオーストラリアでもめずらしいらしく、話題になりました。日本企業もやるときはやるんですねー。働く人はいつでも切られる準備をしておかなくてはならないのも事実だけど、また次の仕事があるのも事実です(もちろん職種や市況によります)。

なぜこういう迅速さが可能かという理由はいろいろあると思いますが、人材の流動性が高いからというのは大きな要因ではないでしょうか。新卒一括採用や終身雇用なんかは当然なく、ポジションが空いたときや増やしたい時にすぐに募集して採用。働く人もその職場にずっととどまっているつもりなんかなく、ライフプランやキャリアプランに合わせてどんどん移っていきます。仕事がほしい労働者も労働者がほしい雇用主も常にマーケットにいるので、双方のニーズが合っています。雇用形態も、正社員、契約社員、フルタイム、パートタイムなど自分の都合に合わせていろんな働き方が選べて、同じスキルなら賃金や扱いで差別されることはありません。私のチームでもいろんな雇用形態の人が入り混じって、対等に仕事をしています。

必要な時に採用することも解雇することも難しい日本市場は、企業にとって明らかに不利。多くの企業が海外移転を考えるのももっともです。また人材の流動性を高く保てるのは、企業が人材を純粋に職務遂行能力で判断し、その時に必要なスキルを獲得できるからで、年齢や性別や家庭環境など、仕事に関係ないことで人材を判断しているのであれば難しいでしょう。

労働者にとっても、仕事中心の生活をしたり、仕事とプライベートな活動を両立したり、複数の仕事を両立したり、仕事はしばらく休んでからまた働くなど、子育てや老後など自分のライフスタイルに合わせて仕事のしかたを選べます。雇用が柔軟なことは、雇用主にとっては方向転換や拡大縮小がすばやくできるだけでなく、労働者にとっても柔軟な働き方ができるので、双方にメリットが大きいと思います。

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日本の若者はなぜ留学しないのか
2012/04/15(Sun)
日本の若者は留学しなくなった、内向きになったといわれています。日本人の留学先トップのアメリカでも激減しているそうです。確かに私のまわりを見ても、留学生といえば中国や韓国からが圧倒的。私の勤め先の大学では、留学生の出身国は中国が群を抜いてトップ。そしてお隣のニュージーランド、香港、韓国、インド、南アフリカ、先進大国のアメリカ、カナダ、イギリスと続きます。人口比を考えると中国やインドが多いのはもっともですが、香港、韓国、台湾、ベトナムなどの小国からが多いのは目を引きます。やはり経済が急成長中のアジア諸国が外国に出ていって高度な知識や国際コミュニケーション能力、異文化対応力を磨き、経済成長の一翼を担っているんでしょうから、この傾向はもっともだと思います。そして日本はこれらの国に遠く及ばず留学生が年々減少していますが、これも日本経済の停滞によく反映されています。

なぜ学生は留学したがらなくなったのでしょうか?大人は若者が冒険しなくなったと嘆きますが、それにはそれなりの理由があるはずです。まず日本の新卒一括採用制度のもとでは、学校を出てそのままストレートに就職しないと不利になるという事実があります。多様な経験や専門知識が必ずしも求められていないので、留学する動機がないのです。一方韓国などでは留学をすることがエリートの証で、留学の評価が高いので、どんどん外へ出ていき、戻ってきた人材は国の経済発展に貢献しています。

社会人になってからの留学は、スポンサーになっていた日本企業の業績悪化のため、社員をMBA取得などで海外に送りださなくなったことが大きいと思います。私がアメリカに留学したときはまだまだバブルの余韻があったので、社費留学生はたくさんいましたが(といっても豪華なアパートに住み毎日ゴルフ三昧で、勉強なんか申し訳程度にする人も多く、毎日銀行残高を気にする貧乏な私費留学生の私とは別世界の住人でしたが)、今日本企業にそんな余裕はありません。

共通していえるのは、海外で学んだことが必ずしも日本では役立たないということがあると思います。海外では専門家が重宝されるのに対し、日本では専門家は煙たがられ、言われたことを深夜や休日労働によって生み出された時間で勉強して、なんとかその場を乗り切る人の方が評価されるからです。私はアメリカで情報システムを学びましたが、学んだことは日本ではあまり役に立ちませんでした。どこへ行っても共通の技術は確かに役に立ちましたが、日本のビジネスのやり方が他の国とあまりにも違いすぎるため、学んだことを適用できないのです。大手の日本企業はアメリカに飛んで留学生の採用活動をしていて、私もアメリカで日本での就職を決めたのですが、国際的な視点を持った社員を育てたいという企業の思惑は、内向きな日本の企業文化の中では外れてしまうことが多かったと思います。大金をはたいて留学しても役にたたないのでは留学する意味がありません。海外で学位を取って日本に帰っても、海外にまた戻ってしまう人はよくいました。

そうでなくても日本の社会は異質なものを極端に嫌いますから、他人と違うバックグラウンドを持つ人は肩身が狭くなります。私は日本にいたときは、アメリカに留学したことも、学位を持っていることも隠していました。「留学生の国際感覚を活かしたい」などとカッコイイことを言っている会社でも、海外経験があるというとよそ者扱いされ、日本の常識とは違う視点で発言すると煙たがれるのです。海外にいたことを隠して日本で生活している人は私の知り合いでも何人かいます。日本では海外のことなんか知らないふりをしている方が身のためなのです。今オーストラリアにいて、私のまわりでは海外での経験を会話の中で自然に語る人は多いし、自分の知らない世界のことを聞きたがる人は多いです。多様な社会に適応できる人と思われ尊敬もされます。この180度の違いは大きいです。

世界がグローバル単位で動くようになり、ビジネスモデルも大きく変わった今、従来のモデルにしがみついていた日本の企業は軒並み業績が悪化し、ソニーなど日本を代表するエレクトロニクス関連企業は惨敗です。変化のスピードが激しい業界で、新しいアイデアや今の自分たちとは異なる視点を取りこむことができない企業がいずれこうなるのは、ずっと前からわかっていたことなんですけどね。日本の企業もここまで悪くなってようやく気がついたのか、海外からの留学生の採用とか海外人員の登用などと言いだしました。そんなことは昔からとっくにやっている海外の企業とは周回遅れの出発です。

これからの留学生は、もしかすると日本企業の中でもう少し居心地がよくなるのかもしれませんが、とにかく意思決定も改革も考えられないほど遅い日本。せっかく留学したのなら、自分の経験を買ってくれない日本の企業なんかには固執せず、さっさと海外に出ちゃったほうが何倍も自分を磨けるんじゃないでしょうか。企業だけでなく個人も、今の豊かな生活にあぐらをかいているととんでもないことになります。先進諸国がその地位を保ち続けられる時代は終わりました。グローバルレベルでのサバイバルを視野に入れなければならないこれからの若者は、日本でしか通用しない特殊な環境の中でしか生きていける能力がないのは大きなリスクです。

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